「水って、世界的には0.01%しかないわけで、普段から当たり前に大山の育んだおいしい水があるっていうのはすごいことじゃないかなって思う。」
鳥取県大山町で素潜り漁師として活躍する、中村隆行さん。新宿でバーテンダーや接客のお仕事をしていましたが、鳥取県の素潜り漁師の募集をみて迷うことなく鳥取県へ移住。現在は、(株)漁師中村として、大山の恵みを受けたわかめや海産物を加工、販売しています。
今回は、自然と働く中村さんに水という観点から鳥取県の魅力についてお聞きしてきました。
熱海の海に魅せられて
「ずっと探してました。23の時くらいから、海の仕事に興味を持ち始めて。それからずっと、海の仕事を探していました。」
埼玉県出身の中村さん。高校卒業後、新宿の飲食店で働いていましたが、仕事柄不摂生が続き体を壊してしまいます。飲食の仕事を心から楽しみ、懸命に働いていましたが4年間で現場から離れることに。そして向かった先が静岡県の熱海でした。
「前歴も言わずに、1年と決めて熱海の旅館で働いたんです。」
壊れてしまった体をリセットするため、熱海の旅館で内務をしながら心と体を取り戻していった中村さん。その日々が今後の人生に大きく影響を与えたといいます。
「仕事の休憩の時間に海に遊びにいくことがあってね。その海が、すごかったんだよね。子供のころは海のない埼玉県でずっと育ってきて、熱海が本当に新鮮だった。その海がずっと、忘れられなかった。」
「本能的にだよね、たぶん。この熱海の一年、海のそばで過ごしたことで自分の性質がわかった気がして。」
当時の気持ちを反芻するように、話してくださった中村さん。本当に心から魅了されていたことが伝わってくる話し方でした。
それからというもの、仕事も転々としながら海の仕事を探し続けることになります。得た情報をもとに電話を片っ端からかけて受け入れ状況を尋ねたり、農林水産省を直接訪ね、話を聞いたり。
自分がなりたい仕事と自分の技量が見合っていないと感じたときには、懸命に勉強もしたと言います。すべては海の仕事をしたい、という想いのために、全力で探し続けていた中村さん。海の仕事にあこがれ、探し始めたのが23歳。それから3年が経った26歳の12月、ついにある広告をみつけます。
ただただ、素潜りがしたかった
「これだ!!って思ったよ。これしかない!ってね。すぐ外に出て公衆電話で電話かけたもん。来週来てくださいって言われたけど、お金もなかったし、青春18きっぷで埼玉から鳥取まで向かったんだよね。」
鳥取大山での素潜り漁師の田舎暮らし体験の応募を見つけた時の感情をお聞きした時の中村さんの言葉です。当時の気持ちそのままに、目を輝かせて力強い声でお話してくださいました。今でもその時の気持ちは忘れないよ、と中村さんは言います。
その後、平成13年3月から鳥取に移住し、本格的に鳥取で素潜り漁師として活動し始めます。しかし、埼玉からの突然の移住に、なぜ鳥取なのか?と聞かれることも多かったそう。ずっとその質問に答えられなかったという中村さんですが、
「ただただ、素潜りがしたかった。」
と、話してくださいました。
「それだけやりたかったことをさせてもらえるのは、本当にありがたいよね。今でも新鮮な気持ちでやらせてもらっているし、幸せだなって思います。」
そう話す中村さんの言葉に、迷いなどは微塵も感じませんでした。海を愛し、自然を愛する中村さんは、本当に全身で楽しみながら今のお仕事をされているように思います。
大山が育む、生命力に溢れた自然
海と自然と暮らす中村さんに鳥取の海についてお聞きすると、こんな答えが返ってきました。
「本当素敵ですよ。生命力に溢れていますね。それはすべて、大山のおかげなんですよ。大山にブナの木が生い茂り、そのブナが水を貯え、ゆっくりと伏流水として湧きあがって。冬は大山の雪解け水が見事に海に伝わり。だからなんていうか、冬になると凛とした感じがする。悩みとか全部抜けますよ。」
心を込めて丁寧に話してくださる中村さん。その口調からは、大山や鳥取の海に心から感謝していることが伝わってきます。
中村さんのお仕事は、すべて大山に帰結すると、中村さんは語ります。
「大山に来たのはたまたまなんだけど本当、すごいなあって。サザエとかアワビとか一年間で150日くらい採っているんだけど、ふつうだったら絶えちゃうよ。」
「なんで絶えないかって考えたら、大山の伏流水や川の水の養分のおかげ以外、ありえないんだよ。」
力強く語る中村さん。はじめのころは、もう来年は採れないんじゃないか…と不安になることもありましたが、一向にそんな気配はしてこない…。どうしてこんなに取れるのか、と勉強し始めて、初めて分かったと言います。
鳥取の海も水も、大山の育む豊かな自然がつくりあげた、ここにしかない貴重なものなのです。
水は全てのことに関わっている
「僕の仕事もそうだけど、水って、すべてのことに関わってくると思うんだよね。当然だけど、水がなかったら生きることもできない。水って、世界的には0.01%しかないわけで、普段から当たり前に大山の育んだおいしい水があるっていうのはすごいことじゃないかなって思う。」
当たり前に日常にあるものに目を向けることは難しいですが、素潜り漁師という仕事をしている中村さんだからこそ、気づき、私たちに教えてくださるものがあります。
「ワカメを干すときなんか、鳥取の水の違いを感じるね。特に、干し終えたときに全然違います。これまで十何年もいろいろ試してきたけれど、大山の育んだ清らかな水があってこそ、天日干しの最後の状態が仕上がるなって。」
中村さんの加工するワカメは、海から採ってきた後、一度手で水洗いしてから、天日干ししています。その際に鳥取の良質な水を使うことで仕上がりが変わってくるそうです。採取から加工まですべてに鳥取の自然の豊かさがあってこそできる、奇跡のワカメです。
鳥取にはとことん追求できるだけの素材の高さがある
「新宿で働いていた当時は、なぜこんなにストレスが溜まっているかわからなかったけど、普段見る緑や空気や水、そんなものが大事なんだなって。鳥取に来てから分かりました。」
鳥取へ移住してきて17年間。鳥取の生活のほうが長くなった今でも、移住してきた当時の気持ちのまま、当たり前の景色や自然を丁寧に感じ、暮らしている中村さん。
改めて、鳥取の魅力についてお聞きしました。
「自然が好きな人が暮らせば、自分の“自然が好きだ”っていう想いをより追求できる環境があることかな。」
「追及すると、どんどん詳しくなってきて、知識になり知恵になり、お金を作って産業に役立てることができる。それができるだけの素材の高さが鳥取にはあると思います。」
取材後記
中村さんから出てくるお言葉はどれも力があり、魂のこもったものでした。それだけに、中村さんがどれほどに海に魅せられ、鳥取に魅せられてきたのかをひしひしと感じた一時間でした。
17年間素潜り漁師として生活する中村さんのインタビューを通して、改めて鳥取の豊かな自然やきれいな水や海が当たり前なんかではなく、ここにしかない、貴重なものなのだということを感じさせられました。
この鳥取県のおいしい水に関するインタビューでは前回、水博士の祝部先生にお話をお聞きしていましたが、お二人に共通することは、「鳥取県が持っている素材は追求できるだけの質の高さがある」という点。
まさに祝部先生も中村さんもその言葉通り、最大限鳥取の素材を追及し、楽しみ、お仕事にしています。大きなショッピングモールはない、新幹線は通らない、電車は一時間に一本。それでもそれに負けないだけの、鳥取にしかない魅力がある、そんなことを確信できるお話でした。